特定調停をする前に私の体験談を参考にしましょう

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特定調停

私は高校を中退して、乾物卸の卸売り問屋に就職して上野のアメ横にある乾物問屋で働いていました。

 

そんな乾物問屋の従業員として5年ほど働いた後、私は独立して乾物卸の問屋を始める為に今までお世話になった上野の乾物問屋を辞めました。
私が独立する事は上野の乾物問屋の社長には事前に話しておき、社長の理解も得られて背中を押してくれた様に見えたので私はすっきりした気分と新たな自分の前途に希望が見える様な気分で乾物問屋を退社する事が出来ました。

 

私はすぐに今までに4年間で貯めた貯金の300万円を使って、上野のアメ横に乾物問屋を開店させ経営者としての道がスタートしました。

 

しかし、そこには私が思いもよらなかった罠が待ち受けていたのです。

 

私が乾物問屋を上野に開店させた後も、私の乾物問屋で乾物を仕入れてくれる人がほぼ皆無に近い状態だったのです。

 

顧客開拓についてはこれまで勤めていた旧職場の上野の乾物問屋時代のお客さんが私の新店舗での新規客として来てくれる筈でした。

 

しかし、私と約束(口約束でしたが)を交わしてくれた旧職場のお客さんは誰一人として私が開いた乾物問屋にお客として来てくれないのです。

 

私の乾物問屋は志半ばにしてわずか2ヶ月で終焉を迎えました。

 

後から聞いた話によると、旧職場の上野の乾物問屋の社長が私が約束を交わしたお客に「あいつの店に仕入れに行くな」と通達を出していたらしいのです。
あれ程までにニコニコと私を送り出してくれた社長が、、、私はしばらくの間、人間不信に陥りました。

 

私の4年間の貯金300万円は2ヶ月で潰れた乾物問屋の借金の穴埋めで全て消えました。
私の貯金だけならばまだ助かったのですが、それでもまだ私には開業資金と仕入れ代金の借金が200万円ほど残っていました。

 

私は「消費者金融」に駆け込み、そして乾物問屋の借金と消費者金融の借金をダブルで返済する「自転車操業」状態となり、その生活もいつしか破綻し私はどこからもお金を借りる事が出来なくなってしまいました。

 

私は一時は自殺まで考えましたが、私の知人に事情を話すと「それなら特定調停をした方がいい」と言って全ての手続きをその知人の司法書士に頼んで行って貰いました。

 

結果、私は自殺を考えていた時からわずか1ヶ月足らずで「借金を棒引き」に出来たのです。
司法書士への成功報酬40万円はまた借金となりましたが、それ位は大丈夫でした。
あの時の知人のアドバイスには本当に今でも感謝しています。